フッ化水素(HF)

火山起源のフッ化水素ガスが人々の健康に悪影響を及ぼすような場所で高濃度となった事例は記録されていません。 しかしながら、爆発的な噴火の際には、フッ化水素やフッ化物が噴煙内部の火山灰などの噴出粒子上に凝縮して、 フッ素の外膜を形成することがあります。 小さな粒子は相対的に大きな表面積を持つので、大きな粒子よりも単位質量当たりに集積するフッ素の量が多くなる可能性があります (Okarsson, 1980)。 また、小さい粒子ほど発生源である火山から遠くまで運ばれるので、 大量のフッ素を付着しやすい小さい粒子が、 フッ素の被害が及ぶ恐れのある範囲を顕著に押し広げることになります。 フッ素は水に非常に溶けやすいので、 火山灰が濡れた地面や雨に接触するとすみやかに水資源に入り込みます(Gregory, 1996)。 このような付加的な被害を検討するために、大気中のフッ化水素の基準とともに、 飲料水中のフッ化物の基準レベルを下に示してあります。

特性
曝露の影響
既存のガイドライン
Effects on Grazing Animals
火山における事例
参考文献
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特性

フッ化水素(HF)は強い刺激臭がある無色のガスです。 どのような割合であっても水に溶け(Gangolli, 1999)、 不燃性です。 フッ化水素ガスは酸味があり、湿った大気中では反応してミストを作ります。密度は大気より30%小さい(25℃、1気圧で0.82 g L-1 (Lide, 2003))。 希薄な火山噴煙内部におけるフッ化水素の典型的な濃度は1 ppm以下です。 一方で、対流圏のバックグラウンドレベルは非常に低いものです(Brimblecombe, 1996; Oppenheimer et al., 1998)。


曝露の影響

フッ化物はガス状態で曝露されると主に気道から吸収されます。 フッ化水素は水溶性が高く、鼻腔と上気道ですみやかに吸収されます。 フッ化水素の蒸気は、目、粘膜、上気道に強い刺激を与え、 腫れが、上気道の潰瘍を引き起こす可能性があります。 短時間の過剰曝露は皮膚と粘膜に激しい刺激と火傷を引き起こし、 低濃度への繰り返し、もしくは継続的な曝露は、骨の変性と慢性的な鼻、のど、肺の痛みを引き起こします (NIOSH, 1981)。 健康への影響に関する濃度閾値は下の表にまとめられています。

フッ化水素ガスを吸い込んだ場合の健康への影響
(Baxter, 2000; NIOSH, 1981; Sax and Lewis, 1989)

曝露限界 (ppm) 健康への影響
<3 目と鼻への刺激
3< 1時間の被曝で、のどの火傷やせきを含む目立った呼吸器系と目の症状。
30 呼吸器系の症状の悪化。耐えられる時間は数分。
50-250 短時間の曝露でも危険
120 1分間耐えられる大気中の濃度の最大値。 皮膚のうずき、結膜炎、気道の刺激の発生。

飲料水への火山起源のフッ化水素の沈殿は、フッ素症という形で深刻な脅威を招きます。 水中のフッ化物の濃度閾値は、下の表にまとめられています。

飲料水からのフッ化物摂取の健康への影響
(Kaminsky et al., 1990に基づく)

濃度
(mg L-1)
健康への影響 影響が及ぶ人口比率(%)
1 歯のフッ素症 1-2
2 歯のフッ素症 10
2.4-4.1 歯のフッ素症 33
8 骨硬化症 (X線) -
>10 骨フッ素症 -

既存のガイドライン

フッ化水素ガスへの曝露については、労働ガイドラインだけがあります。 火山起源のフッ化水素が火山灰などの噴出物に沈着し、火山灰とともにフッ化物が水源へ侵入することで、大きな被害が生じます(下表参照)。 フッ化物の飲用水基準値を適用する際には、 地域の気候条件とそれによる水の消費レベルの増加を考慮する必要があります。

フッ化水素ガスに関する労働ガイドライン

国/組織 レベル (ppm) レベル µg m-3 平均期間 基準の種類 施行時期 関連法規 文献
EU - 2500 8時間加重平均 労働曝露限界(OEL)   Adopted recomm-
endations
  a
1 830 STEL OEL   Adopted recomm-
endations
  a
英国 3 2500 15分 MEL   New, IOELV   b
1.8 1500 8時間加重平均 MEL   New, IOELV   b
米国 6 5000 15分最大値 REL 2003年 NIOSH   c
3 2500 8時間加重平均 PEL   OSHA規制 (29 CFR 基準) 1 d
3 2500 10時間加重平均 REL 2003年 NIOSH   c
2   10分 ERPG-1 1999年 緊急対応計画基準   e
50   10分 ERPG-2 1999年 緊急対応計画基準   e
170   10分 ERPG-3 1999年 緊急対応計画基準   e
2   1時間 ERPG-1 1997年 緊急対応計画基準   e
20   1時間 ERPG-2 1997年 緊急対応計画基準   e
50   1時間 ERPG-3 1997年 緊急対応計画基準   e
  1. 25℃、760mmHgにおける体積比ppm
  1. http://europa.eu.int/comm/employment_social/health_safety/docs/oels_en.pdf
  2. HSE, 2002. Occupational Exposure Limits 2002. HSE Books, Sudbury.
  3. NIOSH Pocket Guide to Chemical Hazards (NPG). http://www.cdc.gov/niosh/npg/npg.html
  4. OSHA Standards Website
  5. AIHA Emergency Response Planning Guidelines Committee, 2002. Emergency Response Planning Guidelines 2002 Complete Set, American Industrial Hygiene Association, Fairfax.

フッ化物に関する飲用水耐容レベル

国/組織 レベル
(mg L-1)
施行組織 関連法規 文献
英国 1.5 2000年 Water Supply (Water Quality) Regulations SI No. 3184   a
WHO 1.5 1984年   1 b
米国 4 2004年 EPA 822-R-04-005 2 c
  1. 水の消費量を1日2Lと仮定した場合。 高濃度で子供の歯のフッ素症を引き起こす可能性あり。
  2. 最大汚染レベルであり、現在再検証中。 化粧品ならびに美容品へ影響を防ぐための非強制の第2種飲用水規制は2 mg L-1。
  1. http://www.dwi.gov.uk/regs/si3184/3184.htm
  2. WHO, 2004. Guidelines for drinking-water quality, 3rd edn. World Health Organisation. Geneva, and http://www.who.int/water_sanitation_health/dwq/gdwq3/en/
  3. EPA 2004 Edition of the drinking water standards and health advisories, http://www.epa.gov/waterscience/drinking/

草食動物への影響

干草のフッ素の含有量が250ppmを超える場所で、羊に中毒症状が発生しているようです。 草食動物にとって最も危険な状況は、通常、火山灰などの火山噴出物の堆積層が非常に薄くて ためらうことなく牧草を食べるような噴火している火山から離れた場所で生じます。 火山噴出物層の堆積厚さがたった0.5mm堆積の所で、 中毒が起きる可能性があります。 急性中毒では、うつ状態や流延、食欲不振、筋肉のひきつけ、呼吸異常、鼻汁過多、けいれん、肺浮腫、腎臓および肝臓の障害、 視覚消失、昏睡ならびに死亡を伴うことがあります(O'Hara et al., 1982)。


火山における事例

フッ化水素は、濃度よりもフラックスを測定する方がはるかに一般的です。 高濃度のフッ化水素ガスが人々に与える直接的な影響を確認したという報告はこれまで見出されていません。 2次的な影響として、フッ化物による飲用水や土壌の汚染が多くの文献で報告されていますが、 一般的には、火山から放出されるフッ化水素のもともとのレベルは、めったに災害を招くようなものとはならないということが知られています。

  • Pメキシコ・ポポカテテトル: 1997年2月の火口近くのフッ化水素濃度は約0.3 ppm (250 µg m-3)でした(Goff et al., 1998)。 これは、労働ガイドラインよりも有意に低いものです。
  • ニカラグア・マサヤ:2001年5月のサンチャゴ火口の縁における噴煙内の最大濃度は、0.567 ppm (448 µg m-3) でした(Allen et al., 2002)。 これも労働ガイドラインよりも有意に低いものです。 しかしながら、1999年3月には、マサヤ火口全体で平均した噴煙内の最大濃度は、4 ppm以上ありました(Horrocks et al., 1999)。 これは、多くの短期ならびに長期の曝露ガイドラインを超えています。
  • ハワイ・キラウエア火山:1990年3月に測定された、溶岩と海水の相互作用によって生成された噴煙内部のフッ化水素は、ガイドライン以下の<1 ppmでした(Kullman et al., 1994)。 しかし、2004年のプーオー火口での測定では、フッ化水素濃度がほとんどの曝露限界以上の3ppmから15ppmの範囲で変化していることが分かりました (米国地質調査所ハワイ火山観測所、未公開データ)。

フッ化水素の影響を受けた植物や土壌に混ざった火山灰を摂取することによる動物の被害が頻繁に報告されています。 汚染された飲用水を摂取することによる人間の被害も同様に報告されています。

  • コンゴ民主共和国・ニーラゴンゴ: 2003年に、ニーラゴンゴの風下の数カ所にある雨水を集める水槽のフッ化物濃度が、 最大で、WHOガイドラインの15倍にあたる23 mg L-1あることが分かりました。
  • Lチリ・ロンキマイ:1988年の火山活動の間、10万頭の家畜がフッ化物に汚染された火山灰の影響を受け、 数千人の人々が、フッ化物濃度が高い細粒な火山灰に関連した健康被害に苦しみました(粒子状物質参照)。 この火山灰は、フッ化物で被膜されていた可能性のあります(SEAN 14:6-7)。 また、これらの人々のほとんどは、その後、避難しました。
  • イタリア・エトナ; ハワイ・キラウエア; グアドロープ・スーフリエール: これらの火山の植物から高レベルのフッ化物が見つかっています(Garrec et al., 1977; Notcutt and Davies, 1989; Notcutt and Davies, 1993)。
  • アゾレス・ファーナスカルデラ: コケのフッ化物が高レベルにあるということから、火山からのガス放出によって地下水のフッ素レベルが高くなっていることが指摘されています。 これらは、現地の人々の歯のフッ化症を引き起こしてきました (Notcutt and Davies, 1999)。
  • アイスランド・ヘクラ: 1970年の噴火以降、干草の不作と火山灰に吸着したフッ化物によるフッ化症が複合的な原因となって、1mm程度の厚さの火山灰が積もった地域の大人の羊の3%と子羊の8-9%が死にました (Thorarinsson and Sigvaldason, 1972, O'Hara, et al., 1982)。
  • ニュージーランド・ルアペフ: 1995年の噴火以降に、数千頭の羊が死亡したのは、フッ化症によるものだと考えられています。 また、牛のフッ化症に関する別の事例も、1995年と1996年の両方の噴火の後に報告されています(Cronin et al., 2003)。
  • アイスランド・ラキ火口: 1783-1784年の噴火以降、フッ化症が、この島における家畜の高い死亡率(牛1万1,500頭、馬2万8,000頭、羊19万頭)を説明するもとのして信じられています(Gregory, 1996)。

参考文献

Allen, A.G., Oppenheimer, C., Ferm, M., Baxter, P.J., Horrocks, L.A., Galle, B., McGonigle, A.J.S. and Duffell, H.J., 2002. Primary sulfate aerosol and associated emissions from Masaya Volcano, Nicaragua. Journal of Geophysical Research, 107(D23).

Brimblecombe, P., 1996. Air Composition and Chemistry. Cambridge University Press, Cambridge.

Cronin, S.J., Neall, V.E., Lecointre, J.A., Hedley, M.J. and Loganathan, P., 2003. Environmental hazards of fluoride in volcanic ash: a case study from Ruapehu volcano, New Zealand. Journal of Volcanology and Geothermal Research, 121(3-4): 271-291.

Gangolli, S. (Ed.), 1999. The Dictionary of Substances and their Effects, 2nd edn. The Royal Society of Chemistry. Cambridge.

Garrec, J.P., Lounowski, A. and Plebin, R., 1977. The influence of volcanic fluoride emissions on the surrounding vegetation. Fluoride, 10(4): 152-156.

Goff, F., Janik, C.J., Delgado, H., Werner, C., Counce, D., Stimac, J.A., Siebe, C., Love, S.P., Williams, S.N., Fischer, T. and Johnson, L., 1998. Geochemical surveillance of magmatic volatiles at Popocatpetl Volcano, Mexico. Geological Society of America Bulletin, 110(6): 695-710.

Gregory, N., 1996. Toxicity hazards arising from volcanic activity. Surveillance, 23(2): 14-15.

Kaminsky, L.S., Mahoney, M.C., Leach, J.F., Melius, J.M. and Miller, M.J., 1990. Fluoride: benefits and risks of exposure. Critical Reviews in Oral Biology and Medicine, 1: 261-281.

Kullman, G.J., Jones, W.G., Cornwell, R.J. and Parker, J.E., 1994. Characterization of air contaminants formed by the interaction of lava and sea water. Environmental Health Perspectives, 102(5): http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1994/102-5/kullman.html.

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Notcutt, G. and Davies, F., 1989. Accumulation of volcanogenic fluoride by vegetation: Mt. Etna, Sicily. Journal of Volcanology and Geothermal Research, 39(4): 329-333.

Notcutt, G. and Davies, F., 1993. Dispersion of gaseous volcanogenic fluoride, island of Hawaii. Journal of Volcanology and Geothermal Research, 56: 125-131.

Notcutt, G. and Davies, F., 1999. Biomonitoring of volcanogenic fluoride, Furnas Caldera, Sao Miguel, Azores. Journal of Volcanology and Geothermal Research, 92(1-2): 209-214.

O'Hara, P.J., Fraser A.J., James M.P., 1982. Superphosphate poisoning in sheep: the role of fluoride. New Zealand Veterinary Journal, 30: 191-201.

Oppenheimer, C., Francis, P., Burton, M., Maciejewski, A.J.H. and Boardman, L., 1998. Remote measurement of volcanic gases by Fourier transform infrared spectroscopy. Applied Physics B, 67: 505-515.

Oskarsson, N., 1980. The interaction between volcanic gases and tephra: fluorine adhering to tephra of the 1970 Hekla eruption. Journal of Volcanology and Geothermal Research 8, 251-266.

Sax, N.I. and Lewis, R.J., Sr., 1989. Dangerous Properties of Industrial Materials, 7th edn. Van Nostrand Reinhold. New York.

Smithsonian Institution, 1989. Lonquimay. Scientific Event Alert Network (SEAN) Bulletin, v. 14, nos. 6-7.

Thorarinsson, S. and Sigvaldason, G.E., 1972. The Hekla eruption of 1970. Bulletin Volcanologique, 36(2): 269-288.